久留米絣工房藍木野 久留米絣への想い 〜第二回 井上伝のこと〜

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久留米絣への想い井上伝と私

読み物コーナー 店主よしだの『久留米絣への想いと私の宝もの』

2.井上伝のこと

井上伝久留米絣の創始者、井上伝は1788年、米屋の娘として生まれました。子供の頃から、手が器用で針仕事が大好き。8才から機織りを習い、12,3才の頃には木綿織では大人に負けない織り手となり家計を助けるまでになっていました。

12才といえば、今、小学6年生です。伝がいかに織りが好きで、この仕事にのめり込んでいたかがわかります。

久留米絣を考案したのもこの頃です。着古した藍無地の着物のところどころ白く色が抜けているのに気付き、その美しさに魅せられて、そのからくりをさぐり、久留米絣を誕生させました。それが霰(あられ)、雪ふりといわれる柄です。1800年頃のことです。

5年前の2000年に、久留米絣誕生200年祭として、久留米では大きなイベントが催されました。私達藍木野も、その年の1月に下北沢本多劇場を借り切って、ファッションショーや絣の大作の作品展、久留米の名産品紹介など、お祝いのフェスティバルを盛大に行いました。

伝15,6才の頃には、20人以上の人が絣織りの指導を求め、伝のもとに集まっていました。その後生涯を通じ、伝はひたすらに自らも織り、又多くの人に久留米絣を指導しました。

私は伝に心ひかれるのは、単にその仕事ぶりだけではありません。伝の生き方です。指導を求められれば誰にでも応じ、そして老いても遠くまで足を運び、指導したのです。生涯を通じ自らの経済力よりも、好きなこと、織ることに集中し、又指導を優先した生き方なのです。明治2年、1869年82才で亡くなりました。その時、伝はささやかな借家住まいだったと聞いております。
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